その16 「不定芽は、使わない方が良い。」
クローン、品種改良に関連して基本的な事柄と言っても、かなりマニアックなお話です。
不定芽とは、一年生の結果母枝以外から出ている芽、枝のことです。
2年生以上主幹部などから出てくる枝は、通常の結果枝に比較して直接的に、
導管から養分転流するので徒長的に生育する傾向になり、自然形の樹型を乱しやすくなります。
不定芽の基のなる芽、潜芽(陰芽)は、花芽分化が進まず房を持ちにくい(空枝)になりやすいこともあり嫌われます。
樹体が健全であれば、潜芽が枝を形成せずに不定花芽になります。
結果枝が存在せずに花芽形成することがありますが、花芽の形成は、前年の結果枝の貯蔵養分だけでは決定されないということになります。
長梢剪定において不定芽を結果枝に使わないというのが大原則ですが、垣根、短梢剪定栽培では特に問題になりません。
自然形を含め大きく樹型を変えるときは、この不定芽を積極的に活用します。
環境適応能力の高い植物の中でも、特にブドウが優れているのは、この不定芽が芽条変異しやすいということです。
また、主幹の皮をむき光を当てると潜芽が動きやすくなります。
病虫害、凍害、結果過多などにより樹勢の低下や生命の危機に直面すると潜芽が動き出し自ら樹形を変え更に、
DNAレベルの変異を伴い環境に適応するのですから凄いの一言です。
私たちは、こうした生命の神秘を感じる時にこそ「ブドウをリスペクトする」のです。
その17続「不定芽は、使わない方が良い。」
質問がありましたので前回の補足説明をします。
自然形とは?整枝剪定の中でカラカサ仕立てに代表される樹型、樹冠を広くとり樹型の自由度が高い仕立て方です。
ですからX字型長梢剪定は、自然系長梢剪定に含まれます。
側枝を何年も育てることになるので、不定芽を使うと周辺の側枝との勢力バランスを崩しやすくなるので
「不定芽は、使わない方が良い。」ということになります。
特に樹型を重視するX字型長梢剪定では、不定芽を使うと樹形が乱れやすくなります。
実は、不定芽が問題視されるのはこの仕立て方だけなのです。
自然形に対する言葉として、人工系があります。人工系整枝剪定は、しっかりとした樹型、一定の専有面積を持ちます。
つまり、棚仕立てでは一文字、H型など短梢剪定で、垣根仕立ての基本的な樹型を有するもの、コルドン、ギヨーなどは人工系整枝剪定に区分されます。
人工系整枝剪定では樹型を維持するため切り返し剪定をするので不定芽をネガティブに捉えません。
なお、切り返し剪定とは、側枝の専有面積を一定にする時使う技術です。
通常は、先端を伸ばし樹形を拡大するため間引き剪定が主体となります。
棚栽培ではX字型長梢剪定が少なくなって、樹型の乱れた自然形長梢剪定がほとんどです。
栽培している本人は、X字型長梢剪定だと思い込んでいることが大きな問題です。
専業農家の多くが収益性の高いハウス栽培をしています。
無理な環境での栽培は、樹勢を落としやすく樹形も乱れ花芽形成も悪くなってきます。
充実した良い枝を選ぶ以外に方法がなくなり、その結果、剪定方法が軽視されてきたように思われます。
現状では、X字型長梢剪定栽培という極めて基本的な栽培技術を習得している農家は20%に満たないように思えます。
この20年前には約40%の習得率が今や半減しています。同様に甲州種の生産量も半減しました。
これは剪定技術だけでなく基本的栽培技術の低下を表しているのではないでしょうか。
天候不順による災害ではなく、技術力低下による人災が増えていることからも明らかです。
その18「雨が多いから良いブドウが作れない」
若手の会主催のセミナー(サントリーの村上 安生氏の講義)に出席しその後の反省会でもお話を伺うことができました。
山梨大学の佐藤充克特任教授と私と村上氏の3人の栽培に関する認識はほぼ共通しています。
私の意見と同じ人たちが徐々に繋がってきているようにも感じました。
生育期間中に雨が多いということは、それほど大きな問題ではありません。
土壌の構造上の問題を解決し、水はけを良くし病気を防げば良いのです。
土壌成分より、保水性、排水性を重視する傾向がありますが、
土壌の構造、成分、微生物、肥料濃度と栄養分など全てを考慮せずして土壌の最適化はあり得ません。
栽培の基本的な部分として樹冠管理の指導を主に行っていますが、最も重要なのが土壌管理です。
一定の栽培管理の上でより重要度を増すとも言えます。
生命は、非常に複雑な動きをしますので同時並行的に改善しなければ、良い結果を生むことはありません。
目的を持って取り組めば、土壌も改善され更には、ワインスタイルに合った栽培を提案することも可能になるでしょう。
重要なのは栽培方法も土壌も変えることができるということです。
日照量もほぼ必要十分あるということ、ブドウは光合成の能力が高く曇り日でもある程度活性化しているからです。
葉面指数3を維持することの重要性を再確認しました。また、過剰な日照量による光ストレスも考慮すべきです。
日本で栽培する上で雨、光に問題がないとすればどこに問題があるのでしょうか。それは、
「気温の高さに問題がある」ということです。
その19「気温が高いのが問題である」
成熟期の日較差、最高気温、平均気温に問題があるのは事実ですが、栽培上どうにもならないかと言うとそうでもありません。
土地、天候、クローンを重視すれば栽培は軽視されます。
この三つを言い訳にすれば、栽培について説明する必要もないので、面倒な時や、嫌な奴にはこの手を使います。(冗談です。)
「キュベ・イケガワは、クローンがいいから…。天候に恵まれたから・・・。テロワールの違いだと…。」
「山梨県のカベルネ・ソーヴィニヨンは、クローンがダメ…。気温が高すぎ・・・。土地がダメ…。」
こうした説明で納得してくれる人が多いので助かります。
私が就農した30年ほど前から異常気象と言われていましたし、この10年ほどでは最高気温が高い傾向にあるのも事実でしょう。
では、この期間のブドウは良くなかったと言い切ることができるでしょうか。
ブドウは環境に対する適応力が高いということは、すでに指摘しました。
クローン選抜でも対応できなかったとしても品種数が多く100年単位で考えれば、主要品種が他の品種へと切り替えがあるかもしれません。
黒系品種は標高の高いところで栽培をするということも一つの選択でしょう。
また、温暖化に向かう過程でも一時的に平均気温の低下もあるでしょうし、これまでも萌芽期だけを見ても2週間ほどの生育差が見られます。
天候は一定ではないという当たり前のことを意識すべきです。
栽培技術の現実的な対応としては、全天候型に対応するバランサー理論(シンク・ソースと生育ステージを関連付ける)を駆使することが必要です。
日較差が小さく、最低気温が高い時などは、ブドウの呼吸や樹体維持のためにエネルギーを消費し結果的に収量過多による着色障害が起り易くなります。
こうしたことが予測されるときには、ベレーゾン初期に徹底した収量調節やワインスタイルによっては
酸の減少を抑えるために早期収穫をすることも重要です。
生食用品種の巨峰、ピオーネなどの黒系品種では過去に勝沼や牧丘で着色障害が大きな問題になった年でも
甲府では大きな問題にならなかったこともあります。甲府は早場地帯で着色しにくいので収量制限をしっかりするからです。
キュヴェ・イケガワのMBAは、甲府盆地の底で地下水位が高くヒートアイランド現象で夜温も高く、
必ずしも栽培適地と言えるところではありませんが、そこにしか出せない良さを出していると思います。
ここで栽培していることで多くのことを学びましたし、栽培技術で品質を上げることの重要性を痛感しました。
山梨だからできるワイン、山梨でしかできないワインを目指すことが我々の歩む唯一の道なのです。
また、新しい取り組みとして栽培技術で生育そのものを遅らせる方法を現在研究中です。
その20「窒素肥料は、ブドウに必要ない。」
日本で栽培すると樹勢が強すぎることもあり、ブドウに窒素肥料は必要ないという事を耳にすることがあります。
雨が多く肥沃な土地だからというのが一番の理由でしょう。一方で無窒素栽培のため衰弱しているブドウ園もあります。
「窒素は植物にとって一番必要な成分です。」
Team Kisvinでは、土壌分析をすることで施肥設計をしていますので、窒素肥料を使うことも当然あります。
土壌分析表の見方やその修正点は 、数値だけでなく生育状態、果実品質、下草の種類と状態など多くの情報から判断して結論を出しています。
(具体的な方法論は、有料情報になるので控えさせていただきます。…笑)
ただし、収奪理論(土壌から農作物が持ち出した栄養分を補給する)に基づく施肥はしません。
求肥力の高いブドウの特徴として、イオン化された窒素は、ほぼ無条件に吸い上げることは間違いありませんが、
養分を選択吸収する微細根は、窒素濃度や塩基濃度が高すぎると活性化されず細根だけになってしまいます。
こうした状態になると窒素だけを最優先で吸収するので生育3年目の若木のころから急速に樹勢が強くなってしまいます。
分析上、窒素は少なく、マグネシウムが十分にあっても、強剪定すれば徒長的に生育し、マグネシウム欠乏が現れます。
適切な樹冠管理が行われ、土壌の最適化も同時に行われていれば、全く問題なく健全に生育します。
一度土壌に入れた窒素成分は、一般的には取り出すことは非常に困難になります。ですから、控え目な方が良いに決まっています。
土質や土壌構造、施肥など複雑な要因により同一な条件を生み出すことができないので、その事がワインの個性に繋がるわけです。
窒素成分も土壌管理や施肥方法で、形態を変えたり分解させながら土壌を最適化することも可能です。
逆に窒素成分がなければ、土壌を変えることができません。
特に、生育期間中に十分すぎる水分のある日本では、施肥による影響が品質に大きく関わります。
施肥は、栄養補給だけでなく物理的、化学的、生物的に土壌全般に影響を与えるからです。